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佐和山城の怪異の話。その2。
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城に仕える者たちの間でひそひそと囁かれる怪奇譚というものは、存外多いものだ。
播州は姫路の城には、昔から人面蛇体の女怪が眷属を従えて棲まうというし、厩橋をはじめとする関東のいくつかの城は、年経た狸や狐が棲みついて守っているという。何かの折に逗留した城で、不可解な化け物と出くわして切り捨てたなどの話は枚挙にいとまなし、いずれにせよ、古来より名城と呼ばれる城には、大なり小なりあやかしや不思議の話がつきものではあるのだが―――
「化け物が出たそうだな」
いかにも楽しげな笑顔で、石田三成にそのように声をかけたのは、直江兼続であった。
「何の話だ」
寝不足の仏頂面にさらに不機嫌を交えて訊ねた三成に、兼続は「佐和山城の怪異の話だ」と、これまた楽しげに言った。
「佐和山城の奥屋敷に、夜な夜な黒い牛のような化け物が出ると―――慶次が教えてくれたのだがな、京雀の間ではだいぶ噂になっているそうだぞ」
「どいつもこいつも暇人どもめ。おまえで五人目だぞ、その話は」
忌々しげに吐き捨てた三成の、眉間の皺がいっそう深くなった。
三成自身は欠片ほども信じていないのであるが、目下の悩みのひとつが、その佐和山城に出る化け物とやらのことなのである。
佐和山の城にあやかしが出る―――と。
そう、ひそやかな噂が聞こえ始めたのは、梅雨に入ったあたりのことである。
はじめは、夜更けになると何やら重い物を引きずるような音がするとか、妙な影を見たなどという、どこにでもあるような類の噂話であった。
それが、何やら不穏な様子に変わりはじめたのは、とある騒ぎが起こってからである。
ある不寝番の足軽が、佐和山城の本丸屋敷で化け物に遭遇したのだという。
佐和山城の本丸屋敷の警備は、三成が不在のときはごく軽いもので、夜間になると数人の宿直と歩哨が見回るのみである。
その足軽は、本丸屋敷の中でも、最も奥に近いところを見回る役を受け持っていたそうだ。
妙に蒸し暑く、寝苦しい闇夜のこと。
歩哨の交代のために、本丸屋敷の表と奥の境あたりに来たとき、渡り廊下の真ん中に、それは蹲っていたのだという。
大きさは子牛ほど。姿のほどは―――濡れ濡れと黒い影であったとしか、足軽は覚えておらぬ。
深更。月もない夜闇の中、なお冥く。そうして、誰何の声を発したところで―――昏倒した。
昏倒し、それきり三日の後まで目を覚まさなかった。
「嗤ったのでございます」
何があった、と問われて、足軽は青黒く浮腫んだ顔でそう答えた。
誰ぞ―――と問うたに、応えは、ぬたり―――と。見えぬが、嗤われたのだと、はっきりそうと覚えさせるほどに。
それから一気に怪異の話が増えた。家鳴りや枕返しは勿論のこと、実際に黒い影を見たり、げたげたと嗤う声を聞いた者も多いという。
詰所で休んでいた中間たちが、いきなり大きな揺れを感じて外へ飛び出したら、揺れているのは詰所だけということもあった。
これは昼日中、しかも出くわした者が複数であったために、より早くより大げさに話が伝わってしまった。
どうやら、佐和山城には得体の知れぬ化け物が取り憑いたらしい―――と。
多賀や鳥居本など、佐和山城にほど近い宿場町や松原の港などは、連日その話で持ちきりだという。そこで住民から話を聞いた行商人や船子たちが、今度は他の町で、尾鰭を付けたり重ねたり、面白おかしくその噂を話して聞かせる。
曰く、佐和山城の化け物は、石田治部に左遷された者の生霊だとか、讒言によって腹を切った大名の怨念が凝り固まって化けて出たのだとか。
三成自身のあまりよろしくない評判と相まって、佐和山城の怪異の噂は、わずかの間に思わぬほど広がっていた。
「おかげで侍女どもがすっかり怯えきって、次々と暇を願い出てくるのだよ。余計な仕事が増えてかなわぬ」
この忙しいときに、と三成は続けた。三成の名代として佐和山城を預かる三成の父が、そのたびに宥めて引き留めているのだという。
「化け物と言うが、佐和山は城の普請もまだ終わりきってはおらぬしな。大方、風の音なり何かの影なりを見間違えているのだと思うのだが―――」
強ばった肩を回しながら、三成はうんざりと吐息をついた。
「まったく、怪談などよくあることだと放っておいたのが良くなかった。よい年の家臣で侍女や下男と一緒になって怯えているのが数人いてな、話にならん。次に佐和山へ帰ったときに、少し叱りつけてくるつもりだ」
「なるほど。石田が誇る戦場の鬼どもも、正体の知れぬ化け物には弱いらしい」
兼続が可々と笑った。顔を顰めた三成が、人差し指でこめかみを押さえる。
「笑うな。まったく頭の痛い。よもや俺の配下に、怪談などに本気で怯える馬鹿がいるとは思わなんだわ」
「まぁ、そう言ってやるな。むしろ将なればこそ、怪異に敏であることは評価すべきことかもしれぬぞ。戦場眼の鋭さに繋がる」
「出くわしたならともかく、話だけ聞いて怯えている馬鹿をどう評価しろと? そのような輩は、どこであろうとくだらぬ噂に惑ってへまをやらかすものだ」
三成は冷ややかに言った。この騒動を心底馬鹿馬鹿しいと思っているのだ。
怪力乱神語るにあたわず―――三成の態度はそれに尽きる。
「だいたい、化け物の姿を見れば昏倒するなどとまことしやかに言われているが、実際に倒れていた例はひとりだけだし、真実かどうかもわからぬ。化け物が原因と見るより、何かに頭をぶつけでもして昏倒したと見るのが筋だ。正則など、昔は月に二度は鴨居にぶつかって目を回していたものだぞ」
「ふむ、慶次もたまに鴨居に引っかかっているが………そういうこともあるかもしれぬなあ」
額をさすりながら兼続が答えた。どうやらこの男も鴨居に頭をぶつけた経験があるらしい。前田慶次ほどではないにしろ、兼続もなかなかの長身だ。
「―――で、兼続。このようなくだらぬ噂話だけをしに、俺のところへ顔を出したわけではあるまいな?」
「おお、そうだ。三成に渡したいものがあったのだ」
ぽんと手を叩いた兼続が、おのれの懐から巻紙を取り出すと、おもむろに三成の鼻先へ突きつける。
訝しげに目を細めた三成が、顎をしゃくった。
「何だ?」
「烏枢沙摩明王の護符だ。あらゆる汚穢不浄の侵入を妨げ、退ける。常に身に帯びるか、部屋の軒に貼るのが良いぞ」
「―――兼続」
眉間を揉みつつ、三成が唸るように言った。
「俺がそういう類のものは好かぬと知っているだろう?」
「無論」
兼続は頷いた。嫌になるほど良い笑顔である。
「だが、怪異に怯える者は、理屈を説いても簡単には納得せぬものだぞ。三成は信じぬでも、皆を安堵させる方便に用いれば良い」
それも政略のひとつだ、と兼続は笑った。
効果があるはずのないまじないや験かつぎの類でも、それをしてみせることで安心する者はいる。
イワシの頭も信心から―――とはよく言うもの。怯える者をほんの少し落ち着かせることができれば、それだけで立ち消える怪異の噂は多いのだ。
「とはいえこれの霊験のほどは私が保証する。謙信公じきじきにご伝授頂いた五大明王の護法のひとつゆえ」
「ふん」
胡散臭げな顔を崩さぬまま、三成は巻紙を受け取った。
どうせ役には立たぬだろうが、軍神と名高い上杉謙信が兼続に教えたものだという点が三成の気を引いた。
方便に用いるか否かはともかくとして、五大明王というならば戦での縁起も良いし、何かの話の種にはなるだろう。
まったく、どいつもこいつも―――三成は再び吐息をついた。
宗茂死亡設定で島津の退き口を書こうと思っていたのですが、どう見ても12/3までに間に合わないので、導入部だけ晒してみます。
2の義弘は個人的にすごく好きだったりします。性格的にも外見的にも重厚なタイプは好ましい。
3で立花夫妻とどう絡んでくるのか、また別の描かれ方をするのか、とても楽しみです。
ほんと「九州が注目されて良かったー!!」というような出来だといいなぁ。
島津と立花はいつ大河になってもおかしくないと思うんですけどね。
特に島津なんて官軍だったから非常に詳しい史料が残っていますし。
義弘中心で大河作って、最終回で幕末のあたりをちょこっと晒して、歴史は繋がっている的な構成にしたら面白いんじゃないか、と勝手に考えています。
2の義弘は個人的にすごく好きだったりします。性格的にも外見的にも重厚なタイプは好ましい。
3で立花夫妻とどう絡んでくるのか、また別の描かれ方をするのか、とても楽しみです。
ほんと「九州が注目されて良かったー!!」というような出来だといいなぁ。
島津と立花はいつ大河になってもおかしくないと思うんですけどね。
特に島津なんて官軍だったから非常に詳しい史料が残っていますし。
義弘中心で大河作って、最終回で幕末のあたりをちょこっと晒して、歴史は繋がっている的な構成にしたら面白いんじゃないか、と勝手に考えています。
三成が可愛いと某所で評判の『異戦関ヶ原』を購入して読んでみたのですが、面白いです。
これ無双やってる西軍好きな人にはかなり美味しい小説かもしれません。
まだ最初しか読んでいないので、これから先を読むのが楽しみです。
下にほんとに短い文章を置いておきます。ちょっと可哀想な左近。
余計な行動や一言で可哀想な目に陥る左近が、最近好きなようです。
おなごの真価は、逆境の中でどれだけおのれを支えていられるかで決まる、と。
まだ幼いわたくしに、母とお呼びした方は、何度もそう言い聞かせたものだ。
―――おまえの生きる道は、きっととても険しいだろうから、自分を支えきれなくなることもあるだろう。
だけど、そういうときこそ、すっと頭をもたげるのだと。
ここにいることに、わたくしは何ら恥じることなどないのだと。
―――そうやっていつも堂々としている女には、自然と運気といい男が寄ってくるもんさ。
あたしの旦那様みたいにねと、天下を取ったお方の妻だったあの方は、まるでお日さまのように笑って見せた。
わたくしの実の父親も、あの方に息子のように可愛がられていたのだと聞く。わたくしは父に生き写しだと、あの方は仰った。
わたくしは父のことをよく覚えてはいないけれど、おのれの生き方を恥じることなく貫いた人だったと言う。
―――家臣たちが、大御所様の娘御を正室にせよと言って聞かぬ、と。
わたくしの前に座って、夫は暗い声で言った。
大御所様の娘と言っても、正しくは姪御。これが二度目の結婚で、前の夫は福島左衛門大夫様のご子息だという。
家臣が騒ぐのも道理。これほど血筋の良い姫との縁など、陸奥の小国には二度と望めぬ。
このところの諸大名の改易騒ぎを思えば、幕府との繋がりは喉から手が出るほど欲しかろう。
たとえ、血筋というものが、露ほどもあてにならぬことを知っていても。
疲れたように吐息をついた夫が、灯火のほの明りの中からじっとわたくしを見つめている。
その眉が、笑うときのように下がっているのに気付いて、わたくしはほんの少しだけ嬉しくなった。
ほんとうに困ると、この方の眉はまるで笑っているかのように下がる。
嫁ぐ前、侍女たちはこの人のことを津軽の田舎者と馬鹿にしたものだけれど、わたくしはこの方が夫で良かったと思う。
いくらあの方が義母として後見してくださっているとはいえ、わたくしは今の天下様に刃向かった者の娘だから。
もし嫁ぐことがあっても、婚家でまともに扱ってもらえるとは最初から思っていなかった。けれど。
―――都で育ったそなたは、こんな田舎に嫁ぐなど嫌だったろうが。
縁あって夫婦となったからには、よろしく頼むと。
気羞ずかしげに笑って頭を下げたこの方は、わたくしを正室に迎えてくださっただけでなく、ほんとうに慈しんでくださった。
お優しい方なのだ。今だって、さっさとわたくしを退けて、かの姫を正室に迎える方が良いことはわかっているだろうに。
いつものように言って差し上げようか―――男らしゅうない、言わねばならぬことがあるなら、はっきり仰ってくださいませ、と。
とうの昔に覚悟も決めているというのに、躊躇してしまうこの方の優しさが、わたくしは愛しい。
自分が背負うすべてのひとの命を、出来うる限り支えたいと願っている方だから、家臣の言を無下にはなさらぬ。
ひとを大切にしたいと願っている方だから、わたくしが誰かに利用される前に切り離そうとなさる。
裏切ること裏切られること、身内で争うことの無惨をよく知っている方だから。
だから、かの姫をお迎えしたら、この方は心から大事になさるのだろう―――わたくしを大事にしてくださったように。
多分、それが、この方の『おのれの生き方』のひとつなのだ。
暗がりの中から名を呼んだ夫に、わたくしはほんの少し、微笑んで見せた。
微笑んで、そっと―――膝の前に、指を揃える。
―――父は。
おのれの生き方を貫いたという父は、きっと、とても立派で、幸せな方であったのだろう。
この方の側で、わたくしは知った。殿方がおのれの生き方を貫くのは、とても難しいことなのだと。
愛しいものそうでないもの、あらゆるひとのいのちを背負って―――ただひとり、往かねばならぬのが、殿方の業。
そのためには、憎んでもいないものを憎まねばならぬ。矯めたくもないものを矯めねばならぬ。望むと望まざると関わらず。
対して、おなごの業は浮草の種。波にも流れにも逆らえぬとはいえ、いずれ寄る瀬も掬する手もある。
孤独をいきねばならぬ殿方に比べ―――それは何と、幸福なことであろう。
だから、どうか―――わたくしの愛しいおまえさま。
おのれの心がけ次第で、どうとでも生きられるおなごの身など、どうか案じてくださいますな。
何度泥に身を落とされようと、おのれの生き方を蓮の如くに咲かせられるかどうかが、おなごの真価なれば。
さあ、背筋を伸ばせ。頭を誰からも見えるように高く上げよ。
何を恥じることがある。ここに生きて在るのは、わたくし。
わたくしの真価は、わたくしが決める。