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05.15
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おなごの真価は、逆境の中でどれだけおのれを支えていられるかで決まる、と。
まだ幼いわたくしに、母とお呼びした方は、何度もそう言い聞かせたものだ。
―――おまえの生きる道は、きっととても険しいだろうから、自分を支えきれなくなることもあるだろう。
だけど、そういうときこそ、すっと頭をもたげるのだと。
ここにいることに、わたくしは何ら恥じることなどないのだと。
―――そうやっていつも堂々としている女には、自然と運気といい男が寄ってくるもんさ。
あたしの旦那様みたいにねと、天下を取ったお方の妻だったあの方は、まるでお日さまのように笑って見せた。
                        
わたくしの実の父親も、あの方に息子のように可愛がられていたのだと聞く。わたくしは父に生き写しだと、あの方は仰った。
わたくしは父のことをよく覚えてはいないけれど、おのれの生き方を恥じることなく貫いた人だったと言う。
 
 
―――家臣たちが、大御所様の娘御を正室にせよと言って聞かぬ、と。
わたくしの前に座って、夫は暗い声で言った。
大御所様の娘と言っても、正しくは姪御。これが二度目の結婚で、前の夫は福島左衛門大夫様のご子息だという。
家臣が騒ぐのも道理。これほど血筋の良い姫との縁など、陸奥の小国には二度と望めぬ。
このところの諸大名の改易騒ぎを思えば、幕府との繋がりは喉から手が出るほど欲しかろう。
たとえ、血筋というものが、露ほどもあてにならぬことを知っていても。
 
疲れたように吐息をついた夫が、灯火のほの明りの中からじっとわたくしを見つめている。
その眉が、笑うときのように下がっているのに気付いて、わたくしはほんの少しだけ嬉しくなった。
ほんとうに困ると、この方の眉はまるで笑っているかのように下がる。
嫁ぐ前、侍女たちはこの人のことを津軽の田舎者と馬鹿にしたものだけれど、わたくしはこの方が夫で良かったと思う。
いくらあの方が義母として後見してくださっているとはいえ、わたくしは今の天下様に刃向かった者の娘だから。
もし嫁ぐことがあっても、婚家でまともに扱ってもらえるとは最初から思っていなかった。けれど。
―――都で育ったそなたは、こんな田舎に嫁ぐなど嫌だったろうが。
縁あって夫婦となったからには、よろしく頼むと。
気羞ずかしげに笑って頭を下げたこの方は、わたくしを正室に迎えてくださっただけでなく、ほんとうに慈しんでくださった。
お優しい方なのだ。今だって、さっさとわたくしを退けて、かの姫を正室に迎える方が良いことはわかっているだろうに。
いつものように言って差し上げようか―――男らしゅうない、言わねばならぬことがあるなら、はっきり仰ってくださいませ、と。
 
とうの昔に覚悟も決めているというのに、躊躇してしまうこの方の優しさが、わたくしは愛しい。
自分が背負うすべてのひとの命を、出来うる限り支えたいと願っている方だから、家臣の言を無下にはなさらぬ。
ひとを大切にしたいと願っている方だから、わたくしが誰かに利用される前に切り離そうとなさる。
裏切ること裏切られること、身内で争うことの無惨をよく知っている方だから。
だから、かの姫をお迎えしたら、この方は心から大事になさるのだろう―――わたくしを大事にしてくださったように。
多分、それが、この方の『おのれの生き方』のひとつなのだ。
 
暗がりの中から名を呼んだ夫に、わたくしはほんの少し、微笑んで見せた。
微笑んで、そっと―――膝の前に、指を揃える。
 
 
―――父は。
おのれの生き方を貫いたという父は、きっと、とても立派で、幸せな方であったのだろう。
この方の側で、わたくしは知った。殿方がおのれの生き方を貫くのは、とても難しいことなのだと。
愛しいものそうでないもの、あらゆるひとのいのちを背負って―――ただひとり、往かねばならぬのが、殿方の業。
そのためには、憎んでもいないものを憎まねばならぬ。矯めたくもないものを矯めねばならぬ。望むと望まざると関わらず。
対して、おなごの業は浮草の種。波にも流れにも逆らえぬとはいえ、いずれ寄る瀬も掬する手もある。
孤独をいきねばならぬ殿方に比べ―――それは何と、幸福なことであろう。
 
 
だから、どうか―――わたくしの愛しいおまえさま。
おのれの心がけ次第で、どうとでも生きられるおなごの身など、どうか案じてくださいますな。
何度泥に身を落とされようと、おのれの生き方を蓮の如くに咲かせられるかどうかが、おなごの真価なれば。
 
 
さあ、背筋を伸ばせ。頭を誰からも見えるように高く上げよ。
何を恥じることがある。ここに生きて在るのは、わたくし。

 
 
 わたくしの真価は、わたくしが決める。
 
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